[26]母を連れていかないで
母はひとりでいるとほとんど何も食べません。風呂にも入らず着替えもしません。これがセルフネグレクトというのでしょう。
引っ越してそのままになっていた段ボール箱から、以前母が可愛がっていた、おしゃべりする人形を探し出しました。1人で寂しい思いをしている母の相手をしてくれるのではないかと期待していたのですが、人形は何も話さなくなっていました。
電池を交換しても変わりません。ずいぶんと古いものだったので壊れてしまったようです。それを見て母は、
「寿命が来たのね、なんでも古くなると寿命が来るのね」
と、ぽつんと言いました。
わたしは返答に困って「そうなのかしらね」と曖昧に呟くだけでした。
「ちょっと横になるわね」と、ヨタヨタしながら、母はまたベッドにもぐってしまいました。すぐに苦しそうな寝息が聞こえはじめます。その顔はとても生きている人のようには見えず、少しずつ命が尽きていくような弱々しさでした。
「パパ、ママを連れて行かないで!」
眠っている母の手を握って祈りました。
「パパ、ひとりで寂しいんだろうけど我慢して。まだ連れて行っちゃダメよ。やっとパパの介護から解放されたんだから、もう少し自由に暮らさせてあげて」
お願いします!