[30]お香典返し
父が亡くなった日に、電話で親戚全員に死去を報告し、コロナ禍であることから葬儀は行わないのでお香典は一切辞退する旨を伝えたのですが、多額の御霊前が送られて来てしまい、母はとても悩んでいました。
「香典返しは気にしなくていい」と皆さま口を揃えておっしゃいましたので、わたしはその言葉通りに受け取り、必要ないのではないかと思っていました。しかし母は「そんなわけにはいかないでしょう」と言い、いったい何を贈ればいいものか心底困り果てていました。
実家で母をパソコンの前へ座らせ、ネットで注文できる弔事ギフトのサイトを見せました。食品の詰め合わせセットやカタログギフトがありましたが、どれも気に入りません。その理由は、いただいたお香典が額が10万円とあまりに大きすぎて、半返しの5万円という商品がそもそも存在しなかったのです。
わたしは何と無駄な行為だろうとため息を吐きました。本人が選んだのでないかぎり、100%気に入る品を贈ることは不可能です。だれも喜ばないもののために、こんなにも高額なお金が支払われるなんて……。
品物を決められない母に、相手は皆母と同年代なのだから、自分が欲しいものを贈ったらどうかと提案しました。すると母は「毛布が欲しい」と言い、結局ネットではなく、母の希望である「有名デパート」へふたりで赴きました。ギフトサロンで、親戚には毛布を、そのほかの従姉妹たちにはカタログギフトを注文しました。
香典返しに添えるお礼状の見本を見せられ、文字のインクが薄いので理由を尋ねますと、涙で墨が薄くなったという意味があるとサロンの方が教えてくださいました。
父が亡くなったことで、今まで知らなかったことにたくさん出会いました。
母は「これで本当にひと段落ついたわ」と言いましたが、安堵したというより、気が抜けたように力なく遠くを見ていました。「父を介護する」という義務から解放されたあと、火葬、納骨、公的手続き、香典返しと「仕事」に追われていましたが、それがなくると母のことが心配になってきました。